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剛烈酒造

代表銘柄:剛烈

茨城県

IBARAKI

1830年創業

江戸時代後期の1830年(文政13年・天保元年)、現在の茨城県常陸太田市(旧金砂郷地区)にて創業。創業者である初代・富永剛一郎の名と、水戸藩第9代藩主・徳川斉昭の諡号「烈公」から一字を取り「剛烈」と命名されました。古くから「酒は辛口をもって良しとする」を蔵のポリシーに掲げ、時代の流行に左右されることなく辛口で豪快な酒造りを貫いています。敷地内で湧き出る硬質な井戸水と厳選した米を使用し、ピリッとした辛さの中に豊かな香りと芳醇な味わいを持つ日本酒を醸しています。

大正時代に建てられた醸造蔵を現在も使用しているほか、日本酒造りにとどまらず、地元の金砂郷産そばや里川カボチャ、さつまいもなどを原料とした地域密着型の本格焼酎造りなど、新しい試みにも積極的に取り組んでいます。

剛烈酒造の歩み

1830年、現在の常陸太田市大里町にあたる旧金砂郷地区で創業しました。富永家はこの地方の地主で、江戸時代には庄屋を務めたと伝えられ、小作米の加工をきっかけに酒造りを始めたとされています。初代・富永剛一郎の名の「剛」と、水戸藩第9代藩主・徳川斉昭の諡号である「烈公」の「烈」を合わせ、清酒の銘柄を「剛烈」と名付けました。創業以来同じ場所で酒造りを続けており、庄屋時代から約3,000坪の敷地があります。

1922年には県内有数の醸造石高に達しました。1931年に法人化して合資会社剛烈富永酒造店となり、2019年に株式会社剛烈酒造へ組織を改めています。5代目の時代の1970年代半ばに甘口の酒が流行しても、蔵は「酒は辛口をもって良しとする」という方針を守り、辛口の酒造りを曲げませんでした。

1984年に現代表の富永継則さんが6代目として事業を継承しました。甘口が主流の時期が続くなか、問屋を通さず消費者に直接販売する方法を築き、首都圏の団地を訪ね歩き、集会所で試飲会やアンケートを重ねました。

2010年には茨城県知事から経営革新計画の認定を受けました。2011年の東日本大震災では蔵も少なからぬ被害を受けましたが、従業員が力を合わせて立て直しています。

近年は焼酎の小規模仕込みにも力を入れています。2013年から里川町の特産である里川カボチャを使った焼酎「Sake de pumpkin」を、2014年には焼酎の小規模仕込みを請け負う「樽仲間」事業を始めました。2015年春には地元の金砂郷産そばだけを使った「極の金砂郷」を商品化し、同じ年に茨城県産のさつまいも「紅はるか」を使った芋焼酎も完成させています。

酒造りの特徴

仕込み水には敷地内でくみ上げる硬質の井戸水を使います。この硬度の高い水が、剛烈の辛口ですっきりとした味わいの土台になっています。米は酒の種類ごとに最も合うと感じる米を選び、ブレンドして使っています。目指すのは、ピリッとした辛さのなかに豊かな香りと芳醇な味わいが感じられる酒です。

醸造蔵は大正時代に建てられたもので、現在も使われています。焼酎も造っているため、蒸留用の木造の蒸留棟も構えています。2017年時点では、日本酒の仕込みは12月初旬から翌年5月の大型連休ごろまで、焼酎の仕込みは4月から11月(真夏の暑い日を除く)に行っていました。冬の仕込みは3〜4人で行い、日本酒の生産量は約200石でした。

清酒は、大吟醸、純米吟醸、純米、本醸造、本醸造の原酒、生貯蔵酒と幅広く、季節商品として、初しぼりは年末年始、冷やおろしは9月から11月に、在庫がある範囲で発売しています。限定商品には純米酒のスパークリング「泡ほのか」があります。また、茨城県初の酒造好適米であるひたち錦と茨城産酵母を、蔵の地下水と合わせて仕込んだ純米吟醸「ピュア茨城」の生酒も出しています。

焼酎は本格そば焼酎「金砂郷」、本格麦焼酎「龍の子」、米焼酎、芋焼酎などがあります。「極の金砂郷」は金砂郷そばを100%使い、黒麹と減圧蒸留機で仕上げています。2017年時点では、芋焼酎用のさつま芋を一つずつ手作業で皮むきしていました。皮のヤニによる脂っこさや雑味を避けるためです。

代表銘柄

剛烈

蔵の名を冠した清酒の銘柄です。大吟醸は山田錦を原料にした最上級の酒で、芳醇で華やかな味わいにほどよい甘さがあります。純米吟醸はフルーティな香りとすっきり上品な味わい、純米はほどよい辛口のキレとまろやかさを持ち味とします。本醸造は豪快なコクとキレがあり、お燗でも常温でも冷やでも楽しめます。

見学・購入

蔵見学
あり(要事前確認)
直売所
敷地内に直売所があり、直売所のみの利用であれば予約は不要です。
補足
蔵見学は完全予約制で、平日の9時から17時に受け付けています。時期により受けられない場合があるため、事前の連絡が必要です。営業時間は平日9時から17時で、土日祝日と年末年始は休みです。車で約5分の距離に、徳川光圀が晩年を過ごした西山荘があります。

見学・販売の情報は変わることがあります。訪問前に公式サイト等でご確認ください。

蔵の基本情報

所在地
茨城県常陸太田市大里町3401
創業
1830年
公式サイト
www.gouretsu.jp

出典

sakedata.jp / gouretsu.jp / sakemeguri.com / web.archive.org / nta.go.jp

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