菊駒酒造
青森県
AOMORI
1910年創業
明治43年(1910年)、三泉酒造合名会社として創業した青森県五戸町の酒蔵でした。当初の銘柄は「三泉正宗」でしたが、昭和初期に菊作りの名人であった4代目当主・三浦久次郎が、菊と五戸名産の馬(駒)に因んで銘柄を「菊駒」へ改めました。
酒造りには青森県産米を中心に用い、看板の普通酒「小菊」には八甲田山の伏流水を使用してきました。きょうかい10号酵母の原型とされる「M2酵母」を用いた酒造りを原点としており、馬肉料理など地域の食文化によく合う、コクのあるまろやかな味わいが特徴でした。
元・酒類鑑定官であった5代目当主のもとで酒質改良が進められ、1977年からの6年連続金賞をはじめ、全国新酒鑑評会において通算26回の金賞を受賞した実績を持ちます。
2023年7月の出荷を最後に生産を停止し、2024年11月に破産手続きが開始、2026年1月に手続を終結しました。「菊駒」の商標は八戸酒類が継承し、2026年5月から五戸町・新郷村限定で販売されています。
菊駒酒造の歩み
三浦家は明治22年(1889年)ごろから青森県三戸郡五戸町で酒造業を営んでおり、明治43年(1910年)に4代目・三浦久次郎が三泉酒造合名会社を設立したことを創業としています。五戸町は鎌倉時代の戸制に由来する「戸」の付く地名の一つで、古くから馬市が開かれた馬の産地でした。創業当初の銘柄は「三泉正宗」でしたが、鑑賞菊の栽培に力を注いだ菊作りの名手でもあった4代目が、昭和初期に「菊」と五戸名産の馬(駒)を組み合わせて「菊駒」へと改めました。
のちに屋号を三久酒造(三久酒造店)と改めましたが、太平洋戦争下の企業整備令により、昭和19年(1944年)に三戸・八戸地方の酒蔵が統合されて八戸酒類株式会社が設立され、酒造免許は同社に一本化されました。菊駒の醸造は八戸酒類の製造拠点「菊駒工場」が担うことになり、三久酒造店は卸小売業として存続します。
4代目の次男で本来は家業を継ぐ立場になかった5代目・久次郎は、広島高等工業学校の醸造学科を卒業後、東京国税局で酒類鑑定官を務めていましたが、昭和23年(1948年)に4代目が病死し、長男もすでに亡くなっていたことから5代目当主となりました。専門知識を生かした酒質改良に取り組んだ結果、昭和52年(1977年)から6年連続で全国新酒鑑評会の金賞を受賞し、通算26回の金賞を受賞しています。
八戸酒類の傘下にあった平成14酒造年度と平成15酒造年度(それぞれ平成15年・16年発表)にも、菊駒工場が醸した「菊駒」が同鑑評会で連続して金賞を受賞し、続く平成16酒造年度・平成17酒造年度(平成17年・18年発表)にも入賞しました。
菊駒の酒造りを語るうえで欠かせないのが「M2酵母」です。仙台国税局の酒類鑑定官室長を務めた小川知可良が全国の酒蔵を技術指導で巡りながら各地で酵母を採取・培養し、蔵元に配って回っていたもののひとつがM2酵母でした。小川は採取先を明かさないまま世を去りましたが、生前「青森県南部地方の蔵」と語っていたことや、同じ酒類鑑定官だった5代目との親交の深さから、菊駒がその採取元ではないかとみられています。酸が少なく穏やかな吟醸香を醸すこの酵母を5代目が気に入って取り入れ、磨き上げた酒質は高く評価されました。
M2酵母は、のちに日本醸造協会のきょうかい10号酵母のもとになったとされています。
昭和19年(1944年)の統合から62年にわたって菊駒工場は八戸酒類の傘下にありましたが、母体である八戸酒類で経営体制の見直しが持ち上がり、五戸から酒蔵が失われかねない状況となったため、6代目・弘揮の妻である和子が社長に就任し、平成18年(2006年)に株式会社菊駒酒造を設立して独立を図りました。翌平成19年(2007年)には商標の使用をめぐり八戸酒類との間で問題が生じ、八戸酒類が製造していた「菊駒」は出荷停止となって「如空」に改称されています。
菊駒酒造は借地権の問題から旧本社の建物では醸造を続けられず、数百メートル離れた場所にあった穀物商の農業用倉庫を借り受けて仕込み水用の井戸を新たに掘り、平成20年(2008年)に「菊駒」の製造を再開しました。和子の長男で東京農業大学醸造学部卒業後に都内の地酒専門店に勤めていた弘文は、実家の苦境を知って帰郷し、平成22年(2010年)に29歳で7代目社長に就任しています。
生産量の98%が青森県内で消費され、そのうち約8割は蔵から20キロ圏内で消費されるという、地元に根差した造りを貫いてきた菊駒酒造でしたが、新型コロナウイルス禍が長引くなかで販売が落ち込み、令和5年(2023年)7月の出荷を最後に日本酒の生産を停止しました。令和6年(2024年)11月には青森地方裁判所十和田支部から破産手続き開始の決定を受け、令和8年(2026年)1月に清算を終えています。
「菊駒」の商標を引き継いだ八戸酒類は、以前と同じ酵母を用いて仕込みを行い、同年5月22日から「菊駒特別純米酒」と「菊駒純米吟醸」の2品を五戸町と新郷村の酒販店限定で復活販売しました。菊駒酒造の元社長・弘文は、現在は八戸酒類の営業部に勤めています。
酒造りの特徴
仕込みの軸となるのは、酸が少なく穏やかな吟醸香を醸すM2酵母の系譜を継ぐきょうかい10号酵母(小川酵母)とM310酵母です。商品のおよそ8割にこの系統の酵母を使い、華やかすぎない香りと雑味の少なさで菊駒らしい酒質を保ってきました。原料米は青森県産米を中心に、代表的な純米酒には「華吹雪」、純米吟醸には「華想い」を用いるなど、銘柄ごとに酒米を使い分けています。
看板商品は5代目が商品化した純米酒で、ラベルに「一滴入魂」の文字を掲げています。香りをあえて抑え、雑味の少ない小川酵母で仕上げたことでナッツやクリームを思わせるコクが際立ち、飲み終わりはさらりとした後口に仕上がっています。晩酌用の普通酒「小菊」は八甲田山の伏流水と地元産米「まっしぐら」で仕込まれ、ナッツやミルクを思わせるコクのある香りに軽やかな口当たり、後味にわずかな苦みを残す味わいが特徴でした。贈答用の大吟醸なども造られ、通年商品と季節限定品を合わせて十数種類を展開していました。
味の方向性を決めているのは、五戸の食文化です。やませが吹き付け雪も深い内陸の五戸では、馬肉やゴボウ、ニンニクなど滋味の濃い食材を味噌でしっかりと煮込む「馬肉のかやき鍋」のような料理が親しまれてきました。菊駒はこうした濃い味付けの郷土料理に負けないよう、コクとうまみを重視した、しっかりとした飲み口に仕上げられています。瓶詰めやラベル貼りも手作業で行われ、南部杜氏の藤田郁夫を中心に、通年7人、繁忙期には牛飼いやたばこ農家など地元の兼業スタッフ3人が加わる小さな体制で醸造が続けられていました。
もっとも、菊駒酒造は令和5年(2023年)7月の出荷を最後に醸造を停止しており、現在は自社での酒造りを行っていません。商標を継承した八戸酒類が、以前と同じ酵母を用いて仕込みを行い、「菊駒特別純米酒」「菊駒純米吟醸」として地域限定で販売を続けている状態です。
見学・購入
- 蔵見学
- なし
- 補足
- 菊駒酒造としての酒蔵見学や直売は行っていません。旧本社の建物には「菊駒」の看板が残っていますが、事務所として整備される予定で、醸造の拠点ではなくなっています。銘柄「菊駒」を求める場合は、商標を継承した八戸酒類が仕込んだ商品を、五戸町と新郷村の酒販店で限定的に取り扱っています。
見学・販売の情報は変わることがあります。訪問前に公式サイト等でご確認ください。
蔵の基本情報
- 所在地
- 青森県三戸郡五戸町字川原町12
- 創業
- 1910年
- 公式サイト
- www.kikukoma.com
出典
tohoku-sakurakaido.jp / sake-times.com / tohokukanko.jp / onesipsake.com / hachinohe-toshiken-iju.com / tanoshiiosake.jp / tsugaruvidro.jp / kikukoma.com / web.archive.org / daily-tohoku.news / kahoku.news / toonippo.co.jp / ja.wikipedia.org / kameya.shop
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