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美の川酒造

代表銘柄:氷室点前・良寛・越の雄町

新潟県

NIIGATA

1827年創業

1827年(文政10年)、新潟県長岡市にて屋号「美濃屋」として創業した酒蔵です。酒名は先祖の出身地である美濃に由来します。信濃川の伏流水を仕込み水に使い、自らを「大変小さい酒蔵」と称していました。大きな特徴として、出品酒や大吟醸などの高級酒に一般的な「山田錦」ではなく、昭和61年に種籾を入手し、昭和63年に新潟で初めて収穫した雄町米を使った点が挙げられます。

この新潟産の雄町を使った大吟醸「越の雄町」は、全国新酒鑑評会で平成14酒造年度以降だけでも金賞8回、平成20〜24酒造年度は5年連続金賞を受賞するなど高い評価を得ました。「氷室点前」「良寛」「越の雄町」などの銘柄を展開していましたが、2014年6月19日に事業を停止しました。「美の川」「良寛」の名は津南町の苗場酒造が受け継いでいます。

美の川酒造の歩み

美の川酒造は、文政10年(1827年)に初代の松本久七が、越後の国の長岡で「美濃屋」の屋号を掲げて酒造りを始めたのが起こりです。酒名の「美の川」は、先祖の出身地である美濃に由来します。長岡藩主の牧野家に従った三河武士の一団とともに長岡へ移り住んだ商家で、徴税機関の役目も果たしたことから「殿様酒屋」とも呼ばれました。以来、良質の米と清冽な水、冬の厳しさと雪といった長岡の気候風土を生かした酒造りを続けてきました。

明治30年(1897年)には小売部門として「美濃屋支店」を設け、大正10年(1921年)にこれを分離独立させました。大正11年(1922年)には衣装蔵が完成し、これがのちの酒蔵館になります。昭和20年(1945年)の長岡空襲では造り蔵二棟と衣装蔵一棟を残して全焼しましたが、すぐに営業を再開しました。昭和27年(1952年)には第1回全国清酒品評会で優等賞に入選し、昭和28年(1953年)10月に法人組織へ改めて「美の川酒造株式会社」となり、第6代の松本七郎が代表取締役に就きました。

昭和44年(1969年)に国鉄上越線の特急「とき」号の車内販売が縁で「朱鷺」の商標を得て、のちに吟醸酒の朱鷺を発売し、売り上げの一部を朱鷺と人が共生できる自然環境の整備に充てました。昭和53年(1978年)に第7代の松本健治が就任し、昭和62年(1987年)に衣装蔵を改装した酒蔵館が完成しています。平成元年(1989年)には大吟醸「越の雄町」を発売し、平成2年(1990年)に平成1号蔵を建て、平成13年(2001年)に第8代の松本英資が就任しました。

全国新酒鑑評会では、平成14酒造年度以降に限っても11回入賞し、うち金賞は8回です。金賞は平成14、16、17、20、21、22、23、24の各酒造年度で、入賞のみは平成15、18、25の各酒造年度でした。平成20酒造年度から平成24酒造年度までは5年連続で金賞に選ばれ、出品酒はいずれも「美の川 越の雄町」でした。関東信越国税局酒類鑑評会では、第83回(平成24年)の吟醸酒の部で「美の川 越の雄町」が優秀賞、第84回(平成25年)には吟醸酒の部で越の雄町、純米酒の部で良寛が優秀賞を受けました。

燗酒のコンテストでも、スローフードジャパン燗酒コンテスト2011で本醸造朱鷺が金賞、2013ではお値打ち熱燗部門で美の川本醸造朱鷺が最高金賞、極上燗酒部門で美の川純米酒良寛が金賞に入っています。

平成26年(2014年)6月19日、美の川酒造は事業を停止し、自己破産申請の準備に入りました。日本酒離れや消費の減退で売上が落ち込み、負債は約2億円の見通しでした。蔵を閉じたのち、平成27年(2015年)には津南町の苗場酒造が在庫の酒を引き取り、「美の川」「良寛」の名と酒質を受け継ぐことになりました。同年11月から旧蔵の敷地に「美の川酒販店」を開いて「美の川」「良寛」などを販売しましたが、同店は平成28年(2016年)2月28日に休業しました。

2016年4月には、苗場酒造が元蔵元と打ち合わせたうえで、かつてのラベルを踏襲した「良寛」を新たに造って発売する運びとなりました。蔵元だった松本英資は、残された酒を大切に売り切ることが自分の使命だと語っています。その後も、松本が手元の熟成酒を直火燗などで供する会が開かれるなど、美の川の酒は今も多くの愛好家に惜しまれています。

酒造りの特徴

美の川酒造の酒造りを特徴づけたのが、岡山県で明治41年に奨励品種となった酒米「雄町」です。大粒で心白が大きく、吸水率や糖化率に優れ、吟醸造りに向く品種として知られ、杜氏は香りは目立たないものの上品でおとなしい含み香とまろやかなうまみが出ると話し、これが蔵の味の特徴の一つになっていました。蔵と雄町との出会いは、先代の時代の昭和61年のことです。岡山へ何度も足を運んで雄町の種籾をようやく手に入れ、晩生で秋の短い新潟では栽培が難しいとされたこの米を、新潟県の農業試験場の指導を受けて試し、昭和63年に初めて収穫しました。

その後は雄町を地元で契約栽培し、仕込み水は信濃川の伏流水でした。

看板の大吟醸「越の雄町」は雄町を40パーセントまで磨いた酒で、さわやかな含み香とバランスのとれた深い味わいが身上でした。このほか雄町を使った純米吟醸の無濾過生貯蔵(精米歩合55パーセント)は、瓶詰めの際に1回火入れを行い、出荷は4月から6月と、冷蔵で熟成させた9月からの年2回でした。2016年に苗場酒造が再販売した際の商品案内には、麹米にも掛け米にも雄町を使い、40パーセントまで磨いた大吟醸原酒の越の雄町(アルコール度数17.5度)も載っていました。蔵は「大変小さい酒蔵」という規模で、杜氏は田中政之でした。

「良寛」は純米吟醸(精米歩合55パーセント)と純米酒(同65パーセント)があり、いずれも燗にすると味が深まる酒です。「朱鷺」は寒の時期に低温でじっくり醸した吟醸酒(同55パーセント)と、こくとふくらみのある本醸造(同65パーセント)があり、「美の川」には辛口の蔵出しとにごりざけがあり、2016年の再販売の案内には本醸造の「美の川」も載っていました。燗酒を勧める蔵で、朱鷺を描いた特製の「トキ燗器」も蔵のオリジナルでした。

代表銘柄

氷室点前

純米吟醸の銘柄で、蔵では氷点貯蔵の季節商品「氷室点前」として発売を案内していました。さわやかな酸味と豊かな味わいが特徴で、精米歩合は55パーセント、アルコール分は16.4度です。原料米にはこしいぶきを使い、米麹には五百万石を用いた酒で、720mlの瓶で販売されました。蔵の事業停止後、苗場酒造による2016年の再販売の案内には「氷室手前」の表記で載りました。

良寛

良寛と同じ時代を生きた初代松本久七の縁から名づけられた銘柄です。久七が没したのは良寛が亡くなった翌年でした。華やかさはなくとも、口の中で感じる豊かな旨みが身上です。純米吟醸は精米歩合55パーセントで、やわらかでこくのあるうまみがあり、ぬる燗で深みが増します。純米酒はスローフードジャパン燗酒コンテスト2013で金賞でした。

越の雄町

平成元年(1989年)に発売された大吟醸が始まりで、地元で契約栽培した雄町を40パーセントまで磨いて仕上げていました。さわやかな含み香とバランスのとれた深い味わいで、室温やぬる燗で楽しめる酒でした。全国新酒鑑評会に出品した「美の川 越の雄町」は、平成14・16・17酒造年度と、平成20酒造年度から平成24酒造年度までの5年連続で、あわせて8回金賞を受けました。

見学・購入

蔵見学
なし
補足
2014年6月の事業停止により、酒蔵館の見学や製造工程の見学、蔵での販売は行われていません。旧蔵の敷地では2015年11月から2016年2月28日まで苗場酒造の「美の川酒販店」が店頭販売をしていました。事業停止の前は、無料の酒蔵館と、仕込み期間(11月から3月)の予約制の製造見学(試飲込み500円)がありました。

見学・販売の情報は変わることがあります。訪問前に公式サイト等でご確認ください。

蔵の基本情報

所在地
新潟県長岡市宮原2-13-31
創業
1827年

出典

sakedata.jp / sakenomy.jp / osaketo-washoku.jp / cocolog-nifty.com / fukeiki.com / kotobank.jp / sakesake.com / machi-official.jp / minogawa.co.jp / minogawa.com / nrib.go.jp / nta.go.jp / kansake.jp / sakeno.com / sakearchive.hatenablog.jp

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