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関原酒造

代表銘柄:群亀・越後長岡藩

新潟県

NIIGATA

1716年創業

享保元年(1716年)創業。新潟県長岡市の旧長岡街道沿いに位置する老舗酒蔵です。街道筋の庄屋が年貢米を用いて酒造りを始めた屋号「常陸屋」をルーツとし、明治期に外川家へ継承された後、1935年に「関原酒造株式会社」へ改組されました。創業以来ひと冬も休むことなく「良酒醸出」をモットーに伝統の寒造りを続けています。代表銘柄には、長寿の象徴から命名された定番酒「群亀(ぐんき)」や「越後長岡藩」があります。酒造りでは「さわり無き事、水の如し」を目指し、昔ながらの辛口でふくよかな酒質が特徴です。

平成14年(2002年)からは日本酒ベースのフルーツリキュールも手がけています。過去の主な受賞歴として、関東信越国税局清酒鑑評会での首席第1位(1975年)や、全国新酒鑑評会での金賞受賞(1992年、1997年、2000年)などの実績を有しています。2013年から「業務スーパー」を展開する神戸物産の完全子会社で、2026年4月には、関原酒造が同じ長岡市の柏露酒造の全株式を取得して子会社化する契約を結びました。

関原酒造の歩み

関原酒造の創業は享保元年(1716年)にさかのぼります。佐渡の金を江戸へ運んだ北国街道と、参勤交代の通路だった三国街道を結ぶ長岡街道は、長岡から妙法寺峠を越えて出雲崎に至る道で、積雪地帯にあっては雪が比較的少なく、江戸時代には多くの人馬が行き交いました。その街道筋に居を構えていた常陸国小山の庄屋が、姓を「小山」、屋号を「常陸屋」と名乗り、年貢米を使って酒造りを始めたのが始まりと伝えられています。

慶応3年(1867年)の『越后酒造家一覧』には「下除、常陸屋勝次郎」の記載があり、「下除」は、蔵が現在まで構えている地域の古い呼び名です。創業以来、ひと冬も休むことなく酒造りを続けています。

創業からほどなくして、今に受け継がれる伝統銘柄「群亀(ぐんき)」が生まれました。鶴は千年、亀は万年というように亀は長寿の象徴で、その亀が群れをなせば数万年にも及ぶとして、この酒を飲んで健やかに長生きしてほしいとの願いが込められています。明治の中頃には、常陸屋は「群亀」に加えて「越之老松」など複数の銘柄を手がける蔵元になっていました。小山家の一人娘イシが、関原から近い六軒原の外川慎之助に嫁いだのを機に、酒造りは小山家から外川家へ引き継がれたと伝えられています。

昭和10年(1935年)には個人経営の外川酒造店から改組し、関原酒造株式会社となりました。

大正から昭和初期にかけては、品評会での評価と事業の拡大が続きました。大正5年に名古屋税務監督局管内第3回酒類品評会で1等賞、大正7年には中国新聞社の「大正7酒造年度全国醸造家相撲番付」に製造石数2,552石で西の前頭として載り、大正11年の平和記念東京博覧会で銀牌、大正15年の第10回全国酒類品評会で1等賞を受けています。昭和7年には第13回全国清酒醤油品評会で優等賞、東京酒類商同業組合の第11回清酒品評会でも優等賞銀牌でした。

大正末期には北海道釧路市に敷島酒造合名会社を設立し、昭和27年に当時の支配人へ売却しました。同社は銘柄「福司」を社名に掲げ、福司酒造として現在も酒造りを続けています。昭和15年には中国の蘇州に関原醸造公司を設立して清酒の製造販売を始めましたが、敗戦とともに昭和20年に閉鎖しました。

戦時下の関原酒造は軍需工場に指定され、「高粱(こうりゃん)」を原料とする航空燃料用アルコールの製造を命じられました。それでも杜氏は白米を使った酒造りを続け、ひと冬も休むことなく生産し続けたとされ、昭和18年の基本石高は1,505石と記録されています。戦後間もない昭和30年代に作った「群亀」のポスターには、「時代は変わった、ただ・・・杜氏の魂は変わっていない。何代も何代も酒造りに魂を注いできた、これこそ群亀です。」と記しました。

昭和5年から昭和34年まで杜氏を務めた田中氏は、ふわりとした甘口の酒が得られる「うるち四段」という四段掛けの技術を開発した名杜氏でした。昭和37年から平成12年までは丸山氏が杜氏を務め、蔵の受賞歴のほとんどはその手腕によるものとされています。昭和29年には日本酒造組合中央会の第二回全国清酒品評会で優等賞、昭和50年には第21回関東信越国税局清酒鑑評会で首席第1位、昭和63年には新潟県酒造従業員組合の自醸酒品評会で第1位の県知事賞を受けました。

全国新酒鑑評会では、平成4年・平成9年・平成12年の5月に金賞を受賞しています(年はいずれも開催年)。関東信越国税局の鑑評会でも、これとは別に多数の優秀賞を受けています。平成13年からは松原正人が杜氏として製造全般を担い、平成14年には全国に先駆けて日本酒ベースのフルーツリキュールを開発して販売を始めました。「特別純米酒 越後長岡藩」もこの頃から売り出され、今では「群亀」と並ぶ看板銘柄に成長しています。

蔵は「業務スーパー」を展開する神戸物産のグループに属し、2013年に神戸物産が全株式を取得して直接の完全子会社としました。2026年4月には、関原酒造が同じ長岡市の柏露酒造の全株式を取得して子会社化する契約を結び、生産能力の増強と製品の幅の拡充を図っています。

酒造りの特徴

関原酒造が蔵を構えるのは、旧長岡街道沿いの長岡市関原町です。冬の厳しい寒さを酒造りの恵みと捉え、創業以来のモットー「良酒醸出」のもと、伝統の寒造りを守ってきました。水は信濃川の伏流水に恵まれていますが、蔵は高台にあるため、冬場には足りなくなることもあります。製造を担う松原正人は東京農業大学の醸造科で学んだ人で、代表取締役社長として製造責任も負っています。

目指す酒は「さわり無き事、水の如し」です。酒の博士として知られる坂口謹一郎の言葉を引き、きれいな酒質を良しとしています。酒は微生物に働いてもらって出来るものだから、微生物が働きやすい環境を蔵人がつくることが最も大事だという考え方です。造っているのは甘辛のバランスのとれた、昔ながらの辛口でふくよかな酒で、食事に合うことが日本酒の良さだと考えています。地元のために、お客様のために造るという姿勢を貫いています。

主力の「群亀」は、辛口でどんな料理にも合わせやすい定番酒です。原料は国産米と国産米の米こうじ、それに醸造アルコールで、醸造アルコールはすっきりときれいな喉ごしに仕上げるために添加しています。「越後長岡藩」の純米酒は国産米と米こうじだけで造ります。「群亀」のレギュラー酒は晩酌酒として親しまれ、量販店にも出荷しており、製造は能力いっぱいの状態でした。以前に火災で貯蔵蔵が全焼して貯蔵スペースが大きく減ったため、需要の高い商品に絞って造るようになりました。ほかに、火入れを1回で仕上げる「升亀 生貯蔵酒」もあります。

フルーツリキュールにも力を入れています。日本酒を飲んでいなかった女性がリキュールを飲むようになってきたことから、今後も力を入れていく方針です。「にいがた酒の陣」のブースには、毎年若い人に人気の日本酒ベースのフルーツリキュールを並べており、2024年にもぶどうやライチのリキュールを並べる予定でした。日本酒ベースのフルーツリキュールは、平成14年に全国に先駆けて売り出した蔵の大きな特徴です。

代表銘柄

群亀

創業からほどなくして生まれた伝統銘柄で、「群亀(ぐんき)」の名には、長寿の象徴である亀が群れをなして健やかな長生きを願う気持ちが込められています。定番の辛口で、キレとコク、旨みのバランスがよく、冷やからぬる燗、熱燗まで楽しめます。日本酒度はプラス7、酸度1.6、アルコール度数15度です。

越後長岡藩

平成14年頃に「特別純米酒 越後長岡藩」から売り出された銘柄で、今では「群亀」と並ぶ看板銘柄です。純米酒は国産米だけで造り、やや辛口で芳醇な味わいで、日本酒度プラス3、酸度1.6です。よく冷やすとキレの良さを、人肌程度に温めるとふくらみのあるふくよかなコクを楽しめます。特別純米酒は精米歩合60パーセントまで磨いた国内産米を使い、やや辛口で膨らみのある味わいです。

見学・購入

補足
所在地は新潟県長岡市関原町1丁目で、電話番号は0258-46-2010です。アクセスは、関越自動車道の長岡ICから車で約5分、JR長岡駅大手口の6番線からバスに乗り関原2丁目で下車して徒歩約30秒です。

見学・販売の情報は変わることがあります。訪問前に公式サイト等でご確認ください。

蔵の基本情報

所在地
新潟県長岡市関原町1丁目1029番地1
創業
1716年

出典

sakenomy.jp / sake-sekihara.co.jp / na-nagaoka.jp / niigata-sake.or.jp / ponshukan.com / niigata-nippo.co.jp / gekiryu-online.jp / nihon-ma.co.jp / logi-today.com

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