本文へ移動

白牡丹酒造

代表銘柄:白牡丹・藝陽男山

広島県

HIROSHIMA

1675年創業

白牡丹酒造・旧石井家住宅主屋
白牡丹酒造・旧石井家住宅主屋(2013年撮影)「旧石井家住宅主屋.jpg」 — 写真:Cheng-en Cheng / CC BY-SA 2.0縮小・WebP変換

延宝3年(1675年)創業、広島県東広島市西条に位置する老舗蔵元。戦国武将・島左近のひ孫である島六郎兵衛晴正が「嘉登屋」の屋号で酒造りを始めたと伝わる。「白牡丹」の銘柄名は、天保10年(1839年)に京都の五摂家・鷹司家から家紋にちなんで授けられた。文豪の夏目漱石や版画家の棟方志功など多くの文化人に愛され、本社展示室には棟方志功が手掛けたラベルや作品などが残されている。

酒造りでは「旨口」を追求し、ほんのり甘くさらりとキレる味わいを特徴とする。自社精米や「冥加の井水」などの良質な仕込み水、広島杜氏の伝統技術や自社開発の自動製麹機を活用し、高品質な酒を醸している。また、創業350周年に向けて明治時代の商標である「藝陽男山」を復刻し、伝統的な生酛造りの酒を展開している。

白牡丹酒造の歩み

白牡丹酒造は、延宝3年(1675年)に島六郎兵衛晴正が「嘉登屋」の屋号で酒造りを始めたのが始まりです。創業の地は安芸国四日市次郎丸で、現在の東広島市西条にあたります。晴正は、関ヶ原の戦いで敗れた西軍の武将・島左近勝猛の次男、彦太郎忠正の孫にあたります。蔵に伝わる古記録には、忠正が母とともに京にあって敗戦の知らせを聞き、西へ下って安芸国西条四日市に足を止めたと記されています。島家では左近を初代、六郎兵衛を四代と数え、現社長の島治正が十五代目です。

「白牡丹」の銘は、天保10年(1839年)12月に授かったものです。嘉登屋の酒の評判は京の都にまで届き、五摂家の一つである鷹司家から清酒の献上を求められました。ときの関白・鷹司政通は献上酒を高く評価し、鷹司家の家紋「牡丹」にちなんで「白牡丹」の酒名を与えました。これに先立つ文化2年(1805年)には、狂歌人の蜀山人(大田南畝)が西国からの帰途に西条四日市の島六郎兵衛宅に泊まり、牡蠣を肴に酒を酌み交わして狂歌を残しています。明治33年(1900年)にはパリ万国博覧会に出品しました。

白牡丹は文人にも愛されました。先々代社長の島博三は夏目漱石と親交があり、漱石は胃を病んで多くは飲めませんでしたが、白牡丹だけは飲み続けました。大正4年(1915年)には、横山大観が描いた牡丹の絵に漱石が「白牡丹 李白が顔に 崩れけり」の句を寄せた掛け軸が生まれています。小説家で僧侶の今東光は、月刊誌『文芸春秋』への寄稿で白牡丹を絶賛しました。昭和30年代には、先代社長・島英三と親交のあった版画家の棟方志功が酒名のロゴを手がけ、版画「牡丹花」も制作して、これらは歴代のラベルに使われています。

創業300年の記念には棟方志功から絵画も贈られ、本社展示室で見ることができます。

昭和14年(1939年)に法人組織を改めて白牡丹酒造株式会社を設立し、島博三が取締役社長に就きました。昭和19年(1944年)には企業整備で延宝庫の清酒製造免許が取り消されましたが、昭和35年(1960年)に延宝庫の醸造を再開しています。その後、昭和43年(1968年)に長春庫、昭和47年(1972年)に千寿庫、昭和54年(1979年)に万年庫が稼働しました。創業300年を記念して記念工場を建て、昭和50年(1975年)には記念事業団(現在の嘉登屋記念事業団)を設立しています。

平成8年(1996年)には旧本社の瓶詰場を改修して天保庫を新設し、平成21年(2009年)に島治正が社長に就任しました。令和6年(2024年)には延宝庫を含む酒造施設が「西条酒造群」として国の史跡に指定され、令和7年(2025年)に創業350年を迎えて、江戸時代の製法である生酛造りの酒に、明治時代の商標「藝陽男山」を復活させています。

全国新酒鑑評会では、平成14酒造年度から令和7酒造年度までの24年度すべてで入賞し、入賞酒は延べ70点、うち17年度で金賞を受けて金賞は計23点にのぼります。令和2酒造年度からは6年度連続で金賞です。広島国税局清酒鑑評会では、平成14年から令和7年まで平成25年を除く毎回入賞しており、平成17年からは優等賞となって、21回のうち20回で優等賞を受けています。

全国燗酒コンテストでは、令和2年(2020年)にプレミアム燗酒部門で純米大吟醸原酒の万年蔵が、令和7年(2025年)にプレミアムぬる燗部門で純米大吟醸の悠星が、それぞれ最高金賞を受賞しました。金賞は平成29年(2017年)以降、延べ16点を受けています。

酒造りの特徴

米は広島県産を主体に、一部は播州の山田錦を玄米で仕入れ、すべて自社の精米所で磨いています。精米歩合は仕込みの用途に合わせて変え、割れた米や磨き不足の米は雑味のもとになるため、一粒ずつ丁寧に磨きます。水は龍王山の伏流水で、適度なミネラルを含み鉄分がほぼない、清らかな中硬水です。蔵の井戸から湧くこの水(冥加の井水)を、洗米から割水まで、酒造りのすべての工程に使っています。

麹造りは酒の味わいを左右する工程と位置づけています。熟練の蓋麹法から炭酸ガスの制御による製麹法を確立して特許を取得し、無通風の自動製麹機(H-MINAMI式)と白牡丹専用の種麹菌を使います。自動製麹機は自社開発で、平成4年(1992年)に導入しました。蒸米にも自社開発のH-MINAMI式加圧蒸米機を昭和49年(1974年)から用い、米粒の外側が硬く内側が軟らかい「外硬内軟」の蒸米を、均一に仕上げています。

仕込みは古くから三段仕込み(初添・仲添・留添)で行い、発酵が終わった醪を圧搾して酒と酒粕に分けます。生酒以外は約62℃で加熱殺菌してタンクで貯蔵し、蔵内でゆっくり熟成させます。現在酒造りをしているのは三つの蔵で、本社の天保庫と、東広島市八本松にある米満醸造場の長春庫・万年庫です。各蔵で醸した原酒は、創業300年を記念して建てた記念工場で調合・貯蔵・詰口します。目指す味わいは、ほんのり甘くてさらりとキレる「旨口」です。

西条は標高約200メートルの盆地で、仕込み時期の気温は5℃前後、昼夜の寒暖差が大きいことも酒造りに適しています。

令和5酒造年度の夏(2023年)から、江戸時代の製法である生酛造りに取り組んでいます。蔵人たちの強い願いで始めたもので、木の半切桶や櫂棒といった昔ながらの道具をそろえました。東広島市西条町出身の石川達也杜氏の指導を仰ぎ、蓋麹法で麹を造り、乳酸も酵母も加えずに酒母を育てます。蒸米を保温する埋け飯と、櫂で摺り合わせる酛摺りのあと、暖気樽で温度を上げながら乳酸発酵を促し、蔵に住みついた酵母が自然に湧くのを待ちます。酒母づくりには約1か月をかけ、醪は温度管理をせずに完全発酵させて、槽で搾ります。

使う米は中生新千本、精米歩合は70%と決めています。

代表銘柄

[PR] 本セクションは楽天アフィリエイトのリンクを含みます。画像は銘柄に関連する販売商品の一例です。

白牡丹の関連商品画像関連商品・楽天市場

白牡丹

創業以来の看板銘柄で、天保10年(1839年)に鷹司家から授かった名を受け継ぎます。ロゴの彫刻文字は棟方志功の作で、歴代のラベルを飾ってきました。味わいは、ほんのり甘くさらりとキレる旨口で、和三盆のような軽くすっきりした甘みと米の旨みが持ち味です。ワイングラスでおいしい日本酒アワードでは、蔵の発表で2017年に山田錦純米酒、2023年に純米吟醸、2026年に特別純米酒ピオンが最高金賞に選ばれています。

楽天で商品を見る

藝陽男山

明治時代から使われていた商標で、創業350年を迎えた2025年に生酛純米酒として復活しました。乳酸も酵母も加えず、蓋麹法の麹と蔵に住みついた酵母の力で仕込みます。蔵の定番の淡麗旨口とは異なる濃厚な辛口で、強健な酵母だけで完全発酵させたアルコール分は21度です。令和6酒造年度の夏仕込みは日本酒度+20.5、酸度3.06でした。夏仕込みの無濾過原酒、おりがらみ、生酒のほか、寒仕込みと春仕込みもあります。

見学・購入

蔵見学
あり(要事前確認)
直売所
天保庫・本社展示室(東広島市西条本町15-5)で試飲と蔵元限定商品の販売があります。公式ネットショップもあります。
補足
展示室では歴史や酒造りの道具、棟方志功が白牡丹のラベル作成時に先代社長と交わした手紙や作品を見られます。天保庫・本社展示室の営業時間は平日9時30分から16時、土日は10時30分から16時で、祝祭日は休みです。10名以上の場合は事前に電話(082-422-2142)で連絡が必要です。醸造用水にも使われる「冥加の井水」も飲めます。創業の地の延宝庫と、米満醸造場の長春庫・万年庫は一般の立ち入りができません。

見学・販売の情報は変わることがあります。訪問前に公式サイト等でご確認ください。

蔵の基本情報

所在地
広島県東広島市西条本町15番5号
創業
1675年
公式サイト
www.hakubotan.co.jp

出典

e-sake.jp / hakubotan.co.jp / higashihiroshima-kanko.jp / shop-pro.jp / compalyze.co.jp / nrib.go.jp / nta.go.jp / kansake.jp / web.archive.org

本ページは自動収集した情報を編集したものです。公開資料に基づく記事で、現地取材・実飲による評価ではありません。内容に関するご指摘はお問い合わせへお寄せください。